贈与経済とポトラッチ


未来への投資

最近、「資本主義経済はもう限界にきている」という主旨の論説や意見をよく聞くようになりました。

生まれてからずっと資本主義の日本で暮らし、資本主義のルールの中で仕事をし、それなりに資本主義の恩恵を得、世界的には資本主義が共産主義を凌駕する過程を見て育った身としては、「資本主義」は終わったとか言われてもホンマかいなと半信半疑なのが実感です。

仮に資本主義経済がダメなら、「何主義」がいいのだろう。
まさか、いまさら共産主義というわけではないと思います。

そんな疑問を持つ中、ちょこちょこと耳にするようになった言葉に「贈与経済(ぞうよけいざい)」があります。まだよく分かっていないのですが、自分なりに理解している概念として贈与経済とは、”持つものが持たないものに与えることで富を分配する経済”ということでしょうか。

そういう理解が正しいのなら、人類の歴史に似た例を見ることができます。

インデアンの世界に「ポトラッチ」という風習があります。ポトラッチとは「贈る」とか「贈り物」が語源だそうですが、インディアンの裕福な家族や部族の指導者が、家に客を迎えて舞踊や歌唱が付随した祝宴でもてなし、富を再分配するのが目的(Wikipediaより)だといいます。そして、「ポトラッチ」の風習を持つインディアンの部族では、民の社会的地位は、ポトラッチで贈与する財産の規模で決まるそうです。

インディアンの例に限らず、例えば資本主義バリバリの欧米先進国でも「ノブレス・オブリージュ」という考え方があり、地位が高い人や収入が高い人は、社会に還元する義務や責任が重いとされます。ビルゲイツに代表される大富豪がみな莫大な財産を寄付をするのも「ノブレス・オブリージュ」の考えに基づいたものといえますが、その起源は古代ローマ以前にも遡るといいます。

今回の東北大震災では、日本を代表する経営者が十億円とか百億円とか寄付するのに驚きました。まるで”贈与大合戦”と表現した人がいますが、関東大震災のときも関西大震災のときも今回のような大規模な寄付はなかったといいます、おそらく世界的に、「持つもの」が持たないものに贈与する、それが一番偉いという感覚が、徐々に浸透しつつあるということでしょうか。

  

贈与経済の世界では、おそらく地位が高い人やお金持ちが偉いという図式ではなく、多くの富や幸福をより多くの人に与えた人が一番尊敬され、地位も得て、本人の社会的欲求も満たされるという社会になっていくんでしょう。

これは「所有」が大きなモチベーションである資本主義との決定的な違いです。

私はまだ資本主義を捨てきれませんが、贈与経済が素晴らしいと思うのは、一見同じように見える共産主義に比べて、競争原理が働くことだと思います。その競争とは「親切心」の競争であり「人から感謝されたい」という競争です。人が最も幸福に感じる「人や社会から必要とされる、人から感謝される」という”精神的本能に基づいた経済”に成りうると思うのです。

そんな夢のようなことが本当に実現するのか分かりませんが、少なくとも人類の歴史の中では、そのような経済の恩恵を受けていた時代も必ずあったはずです。
今後「贈与経済」には注目していきたいと思います。