平家物語(コンピュータ業界の諸行無常)


※ この内容は2006年に別サイトに書いた記事を、2011年用に書きなおしたものです。

祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。

おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。

たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。

この有名な文ではじまる「平家物語」は、日本の古典文学の最高峰のひとつです。

物語全体を通じて流れているのが、仏教の教えである「無常」という世界観。

「無常」とは簡単にいうと、”この世のものは絶えず変化し同じ形ではいられない”という事。

コンピュータ業界(インターネット業界を含む)は、誕生してからまだ50年前後の新しい業界ですが、その短い期間の中で業界を支配する勢力は激しく移り変わっています。いかに強い力で業界を支配しようとも、やがては次の新しい勢力によってとって代わられる。まさに平家物語が語る「諸行無常。盛者必衰」を目のあたりにできる世界です。

そんなコンピュータ業界と平家物語の世界には実に共通点が多いと思います。
そのあたりをIBM台頭の時代から探ってみます。

<コンピュータの台頭>

ENIAC

世界で最初のコンピュータとして知られるのが、米国モークリーとエッカートの手による「ENIAC(エニアック」です。

当時、機械式パンチカード計算機で地位を築いていたIBM社の社長トーマスワトソンは、完成した最初のコンピュータ「ENIAC」を一目見て、「こんな化物みたいな装置は商売にはならない」と吐き捨てたそうです。

しかし、レミントン・ランド社による商用コンピュータ「UNIVAC」が発売されると、IBMのパンチカード計算機は次々と「UNIVAC」に置き換えられる状況になります。コンピュータの将来性の判断を見誤ったことを悟ったIBMは、すぐさま企業の命運をかけてコンピュータの開発を行なうことを決意します。IBMは莫大な費用を投じてコンピュータの開発と販売を行います。なりふりかまわぬ努力が身を結び、IBMはコンピュータ業界の最初の覇者になったのです。

ここまでの歴史は、貴族社会の中で新興勢力だった平家が、力技によって政権の覇者になる歴史を彷彿させます。

<IBMでなければコンピュータにあらず>

IBMロゴ

「平家にあらずんば、人にあらず」

この言葉は、当時の平家がいかに他の勢力を圧倒し、栄華を誇ったかをよくあらわしています。

コンピュータ業界の覇権を握ったIBMは、1964年に発表した世界最初の汎用コンピュータ「IBM360」によって業界の支配力を決定的なものにします。世界中の企業や政府が競って「IBM360」の導入を行い、IBMはコンピュータの代名詞になります。

「IBMでなければコンピュータではない」という時代がやってきたわけです。

<おごれるものは久しからず>

しかし、「おごる平家は久しからず」

この世の春を謳歌していたIBMにも、やがて暗雲が立ち込めます。
そのきっかけは、日本の企業が関わったささいな取引から始まります。

1971年、日本の電子計算機メーカー「カシオ」が、まだ出来たばかりの小さなトランジスタメーカーであった「インテル社」に、ある電子計算機の部品を注文します。出来上がった部品は「i4004」という名の小さな集積回路で、これは後に「CPU」と呼ばれる部品になります。

インテル創業者の一人、ゴードンムーアが唱えた「ムーアの法則」に従い、化石のようなコンピュータ部品「i4004」はその後飛躍的に性能がよくなり、やがて世界中の小さなコンピュータに使われるようになります。

パーソナルコンピュータ(PC)の出現です。

<誰もがコンピュータを持てる時代>

スティーブジョブズ

武士が貴族にとってかわった最大の要因は「土地制度の改革」です。それまでの貴族が作った荘園制度では、武士が汗水たらして獲得した土地も形式上は貴族のものでした。

「土地を自分で所有したい」

武士の棟梁である源氏や平家は、この念願を実現させることで全国の武士の支持を集め、武家政権の礎を築きます。

これと同じような事がコンピュータ業界でも起こります。
パーソナルコンピュータは「誰もがコンピュータの所有者になれる」という夢を生み出し、それを実現させたものが時代の覇者になります。

1977年、世界で最初に普通の人が使えるパーソナルコンピュータを売り出したのがアップルコンピュータ社です。アップルは急成長し、創業者の一人、スティーブ・ジョブズは時代の寵児となります。

同じ頃、アップルとは別のアプローチで、誰もが使えるコンピュータを実現しようとしていた若者がいました。彼はコンピュータをソフトウェアの面から多くの人が実用的に使えることを目指します。彼が開発した「BASIC」や「MS-DOS」というソフトウェアは、数多くのパソコンに搭載されるようになります。

もちろん彼の名は「ビルゲイツ」であり、彼が創業した会社が「マイクロソフト」です。

・最初に誰でも使えるコンピュータを開発したアップルコンピュータ。
・誰もがコンピュータを使えるよう、ソフトウェアからアプローチしたマイクロソフト。

2つの会社が、IBMの次の時代の覇権を争うことになります。

<アップルとマイクロソフトの戦い>

Windowsロゴ

源氏と平家の争いは、ご存知のように源氏の勝利となります。
源氏が勝利した要因は幾つかありますが、最大の理由は源頼朝(みなもとのよりとも)の実務能力と政治力にあったといえます。例えば頼朝は「守護・地頭」という制度により、制度として土地を武士の所有物とすることに成功します。一方の平家は貴族に成り代わって政権を維持しようとします。平清盛(たいらのきよもり)は太政大臣など貴族の最高位を手にし、天皇家と姻戚関係を結び、自らが貴族にとって代わろうとしました。

コンピュータ業界においても、極めて実務的、政治的にコンピュータの普及を推進したマイクロソフトが勝利し、IBMにとって代わろうとしたアップルの栄光は滅亡に追い込まれます。

パソコンの時代。圧倒的に業界を支配したのはマイクロソフトでした。

<マイクロソフトの憂鬱>

平家物語で一貫して描かれる世界観である「諸行無常」や「盛者必衰」

その本質は「支配者が持つ強みが、ある時から弱みになる」という原則です。自らの強みを生かして「頂点」にたった者は、当然その「強み」を後生大事にしようとします。死んでも守ろうとします。この姿勢なり価値観が、大きな変化(このパラダイムシフト)における最大の「弱み」になります。

IBMに代わってコンピュータ業界の支配者になったマイクロソフト。

マイクロソフトが提供する「ウィンドウズ」は世界中のパソコンに搭載され、多くの企業がマイクロソフトのルールに従って製品を開発し、ユーザーはみなマイクロソフトのルールのもとにパソコンを使いました。マイクロソフトの支配は世の中に「コンピュータ」が存在する限り、永遠に続くとさえ思われたのです。

しかしやがて、大きな隕石がやってきます。
インターネットの出現です。

マイクロソフトにとって「インターネット」の世界観は、自社の強みを阻害する「悪しきもの」以外の何でもなかったと思われます。「悪しきもの」と考える存在を積極的に取り入れることができないのは自然の流れであり、マイクロソフトはインターネットの潮流に常に遅れ、現在でも遅れつづけています。

やがてマイクロソフトにとって、大きな憂鬱になる存在が彗星のようにインターネット上に現れます。
いうまでもなく「グーグル」の出現です。

<無限の可能性>

Googleロゴ

「Google」という社名の由来は無限を表すグーゴル(googol)」だと言われています。

つい最近まで、グーグルの可能性は”無限”のように思えました。
Googleは神とさえいわれました。

「世界中の情報を整理し尽くす」

このミッションステートメントには無限の可能性があるように感じたものです。

しかし「無限」なのは情報や知識ではなく、それを創り出す人間の「可能性」であることに今私たちは気付き始めています。

2011年はソーシャル元年とも言われおり、フェースブックやTwitterなどのソーシャルメディアが脚光を浴び、もはやグーグルでさえも、その未来に暗雲が漂い始めています。

しかしフェースブックやTwitterだって永遠でもなければ絶対でもありません。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある人と、栖(すみか)とまたかくのごとし。

これは平家物語と同じ時代に書かれた「方丈記」の有名な冒頭ですが、「平家物語」や「方丈記」から学ぶことができる教訓は、時代の価値観は常に変化しており、その時代の価値観をもっとも汲み取った者が時代の支配者になる。しかし価値観が変わればどんな支配者も滅びるということです。

私たち人間は価値観を形として求めたがる動物です。
こういうものが正しい、こういう事に価値があると、形として定義したがる。

しかし価値観に形があるというのは幻想です。
それを過去の日本人は平家物語や方丈記で表現し、現代社会ではコンピュータ業界の無常な移り変わりが、そのことを教えてくれるのです。