グーグルの企業理念から考えるキュレーション問題

2018/01/19


welq

 

最近、ネット業界で大きな話題になっているキュレーション問題について考えてみました。

この問題を「メディア論」として考えている人もいるようですが、私は「インターネット論」だと捉えていて、インターネット論を考えるならまずはグーグルから何か学ぼうと考えました。

グーグル社の会社案内サイト(日本語)に行くと、当然のように、いまでも一番目立ってこう書かれています。

 

Google の使命は、世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにすることです。

IT業界の人なら誰もが知ってる超有名な企業理念ですが、グーグルが世界有数の企業になった現在でも、このテーマはまだ道半ば、大きなミッションでありつづけています。

この企業理念を改めて読んだので、インターネットの原理・原点についても改めて考えてみました。いろいろ当たり前の事を書きますがしばらく我慢してください。

インターネットのメリットは数えきれないほどありますが、中でも「誰もが世界中に情報を容易に発信できるようになった」ことはめちゃめちゃ大きいと思います。内容はともかく発信するのは自由。この「自由」というのがポイントです。

誰でも自由に情報発信できるので、当然発信される情報は玉石混交。素晴らしい情報もあればゴミ情報もあり、真実もあれば嘘もあります。自由だから当然です。

そして言い切りますが、この自由とか玉石混交というのはインターネットの根幹をなす本質の部分だと思います。

「量質転化」と言う言葉が適切かどうか分かりませんが、ゴミでも嘘でも何でもいいから、とにかく大量で多様な情報が集まることが、結果的に質の飛躍的な向上につながる。質と質を重ねることが従来の情報メディアの特長であったとしたら、量が質に変わるのがネットの原理であり、大袈裟かもしれないけど人類にとっての「情報」に革命が起きた瞬間だったと思います。

繰り返しますが、大切のは自由であること。
発信する段階で「悪」や「嘘」、「ゴミ」などを制限、排除しないこと。
なぜならば、誰かにとっての「悪」や「嘘」は、もう一人の誰かにとって「悪」や「嘘」かどうか分からないからです。

一方、この大量かつ自由に発信された情報をうまく取り出す方法。
必要とする人にどのように情報を届けるか。


「大量の玉石混交情報の整理・精査」

これこそがインターネットにおけるソリューション(解決策)のど真ん中のテーマであり、グーグルは「検索エンジン」というソリューションで成功して世界有数の企業になりました。しかしグーグルの検索サービスも万能ではなく、「情報の整理・精査」は今現在もインターネットにおける最もホットなテーマであり、検索エンジンに対抗しうる方法として台頭してきたのが「人の手による情報の整理・精査」になります。

中でも有力なのは「SNS」「キュレーション」

SNSは自分の友達や信頼している人が「いいね!」と言っている情報は自分にも価値があるという考え方で、実際グーグルの検索結果では得られない発見がFacebookやTwitterで得られます。

そして現在、問題になっているキュレーション系のサービス。
キュレーションの意味を辞書で調べるとこのように書かれています。

キュレーション(curation )とは、人手で情報やコンテンツを収集・整理し、共有することである。

冒頭で紹介したグーグルの企業理念になんか似ています。
ロボットではなく、人手でやるところがグーグルと違う部分。

しかしグーグルの検索エンジンが有益なように、正しく運用すればキュレーションにも大きな価値があるはずです。そしてキュレーションが検索エンジンに勝る最大の強みは、情報を集めて整理する人間(キュレーター)の「感情や好み、思想」が反映されることです。これをメリットと考えるかデメリットと考えるかは議論があるでしょうが、私はメリットだと考えます。

もちろん人間の感情には「欲」もあります。
この「欲」の部分が行き過ぎたのが最近のキュレーション問題を生んだと思うのですが、議論が飛躍してキュレーションサイト全般を「悪」と位置づけたり、正しい(編集された、専門性の高い)情報以外は発信するべからず!みたいな風潮も出てきているので、これも行き過ぎるとインターネットのメリットを阻害するんじゃないかと少々危惧しています。

最後にまたグーグルの話に戻ります。
グーグルがかつて掲げていた、もうひとつの有名な企業理念に「Don't be Evil(邪悪になるな)」があります。現在は「Do the Right Thing(正しいことをしよう)」に変えてしまったようですが、前のほうがよかったのに勿体無いと思います。「正しい事」なんて人それぞれであり、人によっては「金儲けのために人を騙す」「自分の信じる世界を人に押し付ける」ことも正義になるわけです。だからやっぱり「邪悪になるな」のほうがしっくりきます。

そしてグーグルだけじゃなくて、インターネットに関わる人がみんな「邪悪にはならない」という気持ちを少しでも持つことで、インターネットの世界は少しづつ良くなっていくのではないでしょうか。